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「論語」の第11編に「過猶及不如」と記述され,孔子が度を過ぎた門人と,レベルに達していない門人を諫めたもので,度を過ぎるのは,レベルに達していないことと同じであることを諭している。つまり,度が過ぎることを自制し,中庸(ほどほど)が大切であるとの教訓を論じている。英語では,「More than enough is too much」 ということであろう。
本号では,過飽和,過冷却,過熱と,まさに「過ぎたること」と格闘する様々な分野の特集になっている。実は,私も学生時代に晶析工学分野に身を置いて以来,いまだに過飽和,過冷却と対峙する毎日だ。溶液晶析では,溶解度以上の状態,融液晶析では,融点以下の状態である。産業分野において,希望品質の結晶を製造・生成するには,過飽和,過冷却の状態でないと結晶を生成することができない。ところが,程度の差こそあれ,溶解度を超えた濃度状態にしても,また融点以下にしても結晶が生成しにくい領域がある。この領域を晶析分野では,準安定域と呼び神格化している。この領域を超えて,濃度を上昇させたり,冷却したりすると,急激に結晶が生じ溶液が濁る。この領域は,不安定域と呼び,現象的には,急激な核化が生起することで,粒径の小さい粒子や,凝集状態の品質の悪い結晶が得られてしまう。粗大で,品質の良い結晶を安定して製造したい産業分野では,不安定域の晶析操作は,回避することが多い。
そもそも過飽和,過冷却状態は,どのような状態なのか,1900年代前半から議論されているが,溶解度を超えた過飽和状態になると,溶質分子が分子集合体(クラスターや胚珠と呼ばれる)を形成し,離散集合しつつ,数量的,サイズ的に増加する領域になると言われている。ところが熱力学的に解釈される臨界径を超えないと,結晶核が生成,成長しない。現時点でも,そのような安定に準ずる特殊な領域と解釈する研究,技術者が多い。しかし,本当にそうなのか。過飽和領域では,濃度の濃い濃厚相(リッチ相)と薄い相(リーン相)に相分離して安定化しているという概念や,そもそも結晶核が存在するが成長が遅く,また成長過程の二次核発生(結晶存在下での核発生)が遅い領域ではないかという,速度論的な解釈も提出されている。このような過飽和状態での分子集合体をX線顕微鏡,NMRあるいは凍結レプリカで可視化するなどの新手法が提案され,核生成の前段の現象を多角的に理解しようとしている。しかしながら,現時点では十分な解明がなされているとは言えない。
過飽和,過冷却がわからないなら避けるべきか,否,この領域を積極的に活用し,望ましい過飽和,過冷却の度合いを維持あるいは制御することで,結晶核発生速度ならびに成長速度を最適な範囲にすれば,希望の製品を得ることができる。手前味噌で恐縮だが,小生は難溶解性塩の晶析(沈殿)を環境分野に適用することで,物質回収型の新規なプロセスの実用化に貢献できた。これは,まさに過ぎたることを逆手にとった発想である。すなわち,溶解度が低いので,急激な核化が生起し,ろ過性の悪い粒子が得られてしまう。ところが生成時に種結晶を存在させることで,生成した非晶質の粒子が付着成長し,難溶解性の固体にも拘わらず,粗大でろ過性の良い結晶を得ることができたのである。この戦略が,排水中のリンやフッ素などのイオンを除去・回収できるプロセスの実用化につながったものと言うことができる。また未利用熱の潜熱蓄熱技術の開発にも取り組んでいるが,静止過冷却融液の安定化と過冷却解除が,未利用熱を有効に活用できるか否かのカギになる。しかし過冷却を安定化すればするほど,核化させるのが難しくなるという課題が生じる。実際,安定化のための融液構成や,核化誘導のための核化促進剤や,物理化学的あるいは機械的な新規な手法の開発が実用化の大きなカギになる。
過ぎたる領域をうまく使うことで,本特集に記載されているように希望の材料特性を医薬品,半導体,タンパク質,樹脂などの分野で積み上げることを実践し,さらには医療分野での現象解明や,冷凍,エネルギー分野での核化誘導による過冷却解除などへ活用が進められている。ほどほどに過ぎるというよりは,過ぎる状態を時間的,空間的にうまく制御すれば,画期的な課題の解決につながる可能性がある。本特集を少し横になって読んで,「過ぎたるは及ばざるがごとし」の精神を理解し,価値ある成果を期待しよう。まさに,過飽和寝て待て。
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