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エネルギーハーベスティングとは,環境中のエネルギーを収穫(ハーベスト)して,電気エネルギーに変換する(発電する)技術の総称である。日本語では,環境発電と言う場合もある。環境中のエネルギーからの発電と言うと,メガソーラー,風力発電,波力発電,地熱発電などの,いわゆる再生可能エネルギーを連想するが,これらはエネルギーハーベスティングとは呼ばれない。エネルギーハーベスティングと呼ばれるのは,発電規模としてはマイクロワットからミリワット,せいぜい数ワットの発電技術である。これだけ小規模な発電となると,商用電源としての意味はなく,用途としては小型電子機器の自立電源が想定される。発電技術はスケーラブルであれば用途は問わないので,特定用途を想定するエネルギーハーベスティングは,純粋な技術カテゴリというよりはコンセプトと捉えた方が理解しやすい。
環境中には,様々な形態でエネルギーが存在する。例えば,太陽光や人工照明の光,機械,移動体,構造物,人間(動物)などの動き,携帯電話やWi-Fi,テレビ,ラジオの電波など。また,気圧,水圧,温度,湿度,浸透圧などの空間的・時間的変化という形態でのエクセルギー(有効エネルギー)も普遍的に存在する。これらの形態のエネルギーまたはエクセルギーを電気エネルギーに変換する技術は,すべてエネルギーハーベスティング技術になりうる。太陽光ひとつをとってみても数多くの種類の太陽電池技術が開発されていることからも分かるように,ひとくちにエネルギーハーベスティングと言っても,その中には多種多様なエネルギー変換技術が含まれている。
エネルギーハーベスティングの歴史は今から100年ほど前に遡る。20世紀の初めに,ラジオの公共放送が米国で開始された当時,受信機は主に,放送電波のエネルギーだけを利用して音が鳴り放送が聞ける鉱石ラジオであった。本格的にエネルギーハーベスティング製品が増えたのは,半導体の消費電力が低下した1970年代以降である。太陽電池で駆動される電卓を皮切りに,光,腕の動き,体温と外気の温度差で発電する腕時計などが,次々に製品化された。トイレの自動水栓が発明されたのも1980年代である。これは赤外センサで手を感知すると自動で電磁バルブを開く水栓であるが,水が流れているときに発電した電力で,赤外センサと電磁バルブを駆動している。ここまで紹介した製品は,すべてスタンドアロンで作動する小型電子機器である。
今世紀に入ってから,電子デバイスの低消費電力化がさらに進んだ。無線の消費電力をエネルギーハーベスティングで賄えるようになり,スイッチを指で押す動作で発電して無線を発報するデバイスなどが各国で製品化された。このことにより,エネルギーハーベスティングの用途が,無線ネットワークの末端機器の自立電源に拡大していった。そして,IoT(Internet of Things,モノのインターネット)のブームである。あらゆるモノがネットワークにつながるIoTを実現するためには,あらゆるモノに電源が必要であり,膨大な数のモノに対して,電源配線の敷設工事や定期的な電池交換をおこなうことは現実的でないことから,エネルギーハーベスティングが自立電源技術として注目されるようになった。
IoTの電源としてエネルギーハーベスティング市場が拡大していくと筆者が主張したのは2009年のことであるが,最近ようやく,国内でも一定の理解を得られるようになってきた。IoT,トリリオンセンサやSociety5.0(超スマート社会)などのコンセプトを実現するためには,膨大な数のセンサの社会実装が必要であり,電源技術としてエネルギーハーベスティングが必須ということは,世界的なコンセンサスになっている。
この10年間,エネルギーハーベスティングは期待されながらも普及はあまり進まなかったが,最近は状況が変わってきた。シーズ面では,エネルギーハーベスティングを使いこなすために必要な蓄電技術や電源回路技術,低消費電力のセンサや無線技術の選択肢が広がり,ユーザが実証実験に取り組みやすくなったことが挙げられる。また,ニーズ面では,AIブームで大量にデータを取得する要求が生じたことで電池の限界をユーザが認識し,エネルギーハーベスティングを受け入れる素地が整ってきたことが挙げられる。
化学工学分野においても,プロセスの生産性向上へのセンサ活用に向けて,今後,エネルギーハーベスティングの活用が真剣に検討されていくと考えられる。本特集が,その取り組みの一助になれば幸いである。
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