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この巻頭言に目を留める会員読者が,どの世代,またどの分野の技術者,研究者かは私には分からないが,もし,学生や若手であれば‘物性研究’のイメージを尋ねてみたい。物性イコール基礎研究の典型であり,‘基礎’という言葉からは新技術,材料,バイオに比べると地味な印象を受ける。確かに我が国で物性研究者人口は若い世代を中心にして減少しているように見える。ところが,物性研究の4大雑誌であるJ. Chem. Eng. Data,Fluid Phase Equilibria,J. Chem. Thermodynamics,J. Supercritical Fluidsにおいて物性研究の論文数は1980年代後半から常に増加し続けている。現に化学工学会年会,秋季大会には物性セッションは必ず設定されている。
物性研究と言っても様々なものがあり,P-V-T関係と液体の密度,蒸気圧と蒸発潜熱,熱容量とエンタルピー,気液平衡,溶解度,粘度,熱伝導率,拡散係数,表面張力など物性の中でも基礎中の基礎データであり,まず純物質データが出始め,次に精度が追求される。それが達成されると今度は多成分系に拡張される。気液,液液,固液,固気平衡は物性の中では花形的な存在で,2成分系を中心とした混合系が対象になる。なぜ,このような物性が大切なのかと言えば,ずばり化学プロセスに必要だからである。あたりまえではあるが,これが化学工学物性と言われる所以である。相平衡は蒸留,抽出,晶析等の分離プロセスの基礎である。また,化学工学特有の連続化のためには,流体輸送物性が必要である。さらに,省エネルギー化のための熱物性を用いた最適化が必要であり,安全や環境への対応,反応器設計等,どこでも物性を使用する。そのため,物性が分からなければ,安全を見越して過剰な設計をせざるを得ず,結局コストを圧迫する。そう考えると,まず物性は使い易い形に整備されていなければならない。広く知られているのは米国NISTとドイツDDBのデータベースであろう。我が国でも物性定数調査委員会が同様の活動をしてきた。
これらは物性データの提供のみならず,後述する相関・推算式のパラメータも掲載され,一部はプロセスシミュレータにも搭載されている。また,物性データを必要とする条件も網羅することは困難であり,それを補うための相関・推算法も重要である。例えば,相平衡については活量係数(過剰自由エネルギー)としてWilson式,NRTL式,UNIQUAC式がよく知られている。現在,これらの活量係数式を用いると,同一パラメータで気液平衡,混合熱,共沸点,無限希釈活量係数を精度よく表現できる。最近は,液液平衡も気液平衡と同一のパラメータで精度よく表現できるモデルが出始めた。新規物質などデータが存在しない場合も,ASOG,UNIFAC,UNIFAC-Doなどのグループ寄与法が実用的に使われてきた。今では電解質や高分子系にもDebye-Huckell式や自由容積理論を加味したモデルもある。一方,高圧下の物性推算にはP-V-T関係を一般化した状態方程式が用いられてきた。日本の高度成長期の1970年代に提案された3次型のSRK式やPeng-Robinson式は40年を過ぎても,式そのものや混合則の修正が続いている。最新のVolume-translated Peng-Robinsonグループ寄与法を用いると,気液平衡ばかりでなく,混合熱,熱容量も推算できるようになった。これは,斥力項を理論的な式で表したSAFT型の発達を促した。さらに,粘度や熱伝導率に相関・推算手法を拡張したことは,スチーム,冷媒を中心とした機械工学分野で用いられてきた純物質に対するヘルムホルツ型状態式に多成分系への適用を刺激したとも言える。量子化学計算に基づく活量係数式,イオン液体,深共融化合物,医薬品をはじめ新物質,さらには分子シミュレーションやAI手法を駆使する逆設計などを取り入れた物性研究は今後も続くであろう。
本特集では,物性測定する側,相関・推算をおこなう側,また,物性データを搭載したプロセスシミュレータを使用する側から選りすぐりの専門家にお願いし,経験と最新の研究動向について,貴重な意見を原稿にまとめて頂いたものと思う。物性測定と推算ひとすじ50余年の研究人生を送った私にとって,本特集が次世代の物性研究者への提言と道標となれば幸せである。
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