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2020 Vol.84 No.12 巻頭言

特集 花王の生産現場における人財育成の取り組み

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巻頭言

産業界における技能伝承

 前回『技能伝承』が社会の大きな関心となったのは2000年代の最初,「2007年問題」と言われ,団塊の世代の退職によりものづくり現場を支えてきたベテラン技能者が持つ熟練技能が消失してしまうのではないか,との危機感が高まった時期であった。2007年を前にして様々な技能伝承対策が検討・実施されたこと,とりわけベテラン技能者の雇用延長がされたこと,その後のリーマンショックで生産が冷え込んだことなどから,とりあえずはこの危機は乗り越えられたかのように思われた。
 それから10年以上が経過した今,技能伝承について再び関心が持たれつつあるようである。雇用延長した団塊の世代も70歳を超え現場を退いていったことに加え,今回は「(とりわけ他国と比べての)ものづくり力低下という現場の実感」「(人手不足というより)人材・人財不足」などが背景にあるように思える。
 ではこの10年間で『技能伝承』あるいは『技能』そのものの有り様は,どのように変わったのであろうか。
 国内・海外での競争環境の激化は製品へのニーズを高度化し,そのニーズを満たすように生産機械は進歩を続ける。IT,さらにここ数年はAIの生産システムへの導入も積極的に進められている。このような変化を受けて,産業界における「技能」は,常に進化し,新しいものが生まれ続けていることに,まず留意しなければならない。
 また「技能」と言うと,どうしても技能者の動きや操作に注目しやすく,その動きや操作の習得(伝承),あるいは分析やデジタル化を図ろうとする傾向がある。しかし「技能」,中でも伝承が必要とされているような「熟練技能」の一番の本質は,身体化された知をもとに「考える」部分である。ものづくりで言えば,できあがりのイメージを想像でき,その時々の現場の環境・材料の状態等を的確に捉えてそのできあがりのイメージに達するための手順をプランニングできる能力であり,装置産業の運転技能で言えば,多数の装置間の関わりを1つのシステムとして理解でき,1つの装置の不調により何が起こりシステム全体にどのような影響を与えるかも認識できている上で,ある装置の不調を早期に発見し,原因究明と対策が実行できる能力であろう。特に今後,IoT とAIの導入がさらに加速し,生産システムのあらゆるところにセンサが設置され,そこからリアルタイムで届けられる膨大な量の情報と過去のビッグデータがAIで処理されてシステムの異常が告げられる時代を迎える。しかしAIでの処理の基本は統計であり,Xという装置の不調でYという事象が予知されたとしても,「なぜXの不調でYが発生するのか」という原因解明まではAIは示してくれない場合もある。そうした時代になると,システム全体の挙動を理解し,原因を考えることができる能力が技能者にはより一層求められることになる。
 このような「考える(ことができる)技能者」が必要であるという話を以前ある重工メーカーの方としたところ,「当社では“技能者”ではなく“技脳者”と呼んでいます。」と教えていただいた。AIの普及によって技能が不要になるのではなく,「技脳」と「人工知能」の協業によって新たなものづくりが展開されていくことになるだろう。
 そのためにはこれからの技能伝承として求められる方策は何であろうか。従来からの方策を着実に実行することに加え,ここでは職場の壁を越えた『実践コミュニティ』の構築を提案する。
 これまで技能伝承方策を考える場合,取り組みの単位としては「職場」が中心となっていたと思われる。しかしベテラン技能者の退職に加えて1職場あたりの人数が減り,失敗体験を含む経験の機会の減少や1人作業の増加などが増えている状況では1つの職場だけで技能伝承をおこなうには限界がある。職場の壁,事業所の壁,さらには国や時間の壁,できれば企業の壁も乗り越えて,経験を共有し深めて,メンバーの成長につなげていくことが求められよう。そのための仕組みが『実践コミュニティ』である。ナレッジマネジメントの分野で20年以上前に提案された考え方であるが,ものづくり分野では職場を超えた実施は当時は難しく,あまり広がらなかった。しかしものづくり現場へのITの普及により,現在ではものづくり現場でも職場の壁を越えて実践コミュニティを構築していくことはより容易になったと思われる。
 ITの活用によって技能者同士がつながることによって,「技能」に加え「技脳」の伝承も可能になることを期待したい。

中村 肇
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中村 肇

Skill Succession at“Monodzukuri”Work Sites

Hajime NAKAMURA

  • 1989 年 早稲田大学大学院理工学研究科修了
    同 年 (株)三菱総合研究所入社
    2010 年 同社 人材政策研究グループ 主席研究部長
    2012 年 東北大学大学院工学研究科 特任教授
    2016 年 慶應義塾大学より博士(システムデザイン・マネジメント 学)取得
    2018 年 東北大学大学院工学研究科 准教授/創造工学センター  副センター長
    現在に至る

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Online ISSN : 2435-2292

Print ISSN : 0375-9253

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