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2021 Vol.85 No.8 巻頭言

特集 リキッドマーブル工学:アブラムシに学ぶ液体ハンドリング技術

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巻頭言

バイオミメティクス(Biomimetics) ~人新世で求められるパラダイム~

 バイオミメティクス(生物模倣)とは,「生物の構造や機能,生産プロセスを観察,分析し,そこから着想を得て新しい技術の開発や物造りに活かす科学技術」のことである。合成繊維のナイロンや,マジックテープと称される面上ファスナー,ヒステリシス特性を持つ電気回路シュミットトリガなど,私たちの身の回りには様々なバイオミメティクスがある。“生物に学ぶ”という考え方は古くからあり日常に浸透していたにもかかわらず,2011年にドイツ規格協会の提案によって国際標準化機構に専門委員会TC266 Biomimeticsが設置された。その背景には,1990年代から急速に展開したナノテクノロジーと自然史学・分類学との共同研究,とりわけ電子顕微鏡の普及によって新たに見出された生物表面のナノ・マイクロ構造とその機能解明を通じて,ロータス効果と呼ばれる蓮の葉の撥水性を模倣した塗料や,昆虫やヤモリの足先の微細毛を模倣した構造接着材料などが開発されたことがある。“材料系バイオミメティクス”とも称される新しい研究潮流は瞬く間に世界に広がり,“機械系バイオミメティクス”と“分子系バイオミメティクス”がシームレスに繋がるバイオミメティクスのルネサンスを迎える。2000年を境にバイオミメティクスに関連した論文や特許の数が著しく増加し,2030年には,アメリカで4,250億ドル,世界的には1.6兆ドルのGDPが期待されるという試算もあって,産業界の注目を集めることとなった。
 さらに,バイオミメティクスの展開は目を見張るものがあり,第4次産業革命とも称されるIndustrie 4.0などの世界動向をきっかけに,“生態系バイオミメティクス”が台頭する。そもそも,生物は個として生存している訳ではなく,群れにおいては個体と個体の相互作用があり,さらには種間の相互作用,そして非生物学的な自然現象との相互作用によって生態系システムが構築され環境を成すのである。“材料系バイオミメティクス”が個々の生物が持つ構造と機能に着目したのに対し,“生態系バイオミメティクス”では,環境との相互作用やシステムとしての機能を視野に入れている点にある。IoTを駆使した自律分散型の生産システムを支えるロボット技術,環境都市設計を目指す生物模倣建築学(Biomimetic architecture)や生物模倣都市工学(Biomimetic civil engineering)と称される分野が急速に展開している。
 そして今,“生物に学ぶ”ことに対する期待がさらに高まっている。2015年9月のSDGs採択と12月のパリ協定採択に引き続く欧州連合の循環型経済提唱,2018年1月の欧州プラスチック戦略発表,2019年12月の欧州グリーンディール計画の発表,そして2020年7月のグリーンリカバリーファンドの設立と,ヨーロッパにおいては,脱炭素,生物多様性保全,レジリエンス,持続可能性,循環型経済などを切り離すことなく,一つのパッケージとしてスピード感を持って対応している様子が具体性と説得力を持って伝わってくる。その背景には,パウル・クルッツェンによるAnthropocene(人新世)の提案,ヨハン・ロックストロームらによるPlanetary Boundaries(地球の限界)の提唱に象徴される,人間活動が自然環境に及ぼしてきた悪影響への危機感がある。“The next industrial revolution will come from nature.”と題したEUのワークショップが開催され,“自然界において用いられている物質や構造そして生産プロセスを持続可能な未来に向けた製造業においてどのようにして使うか?”という視点に基づく議論がおこなわれ,循環型経済にとってBio-inspired,Bio-integration,Bio-intelligenceを発展段階とするBiological Transformationに基づく生産戦略の重要性が提唱された。
 日本経済団体連合会は,2020年の科学技術・イノベーション基本計画策定に向けて,「サステナビリティ危機の深刻化」の基本認識において,プラネタリー・バウンダリーとアントロポセンに言及している。また,世界経済フォーラムは,『自然とビジネスの未来』と題したレポートにおいて,“ネイチャー・ポジティブ”なソリューションが10兆ドルのビジネスチャンスと数百万人の新規雇用を創出すると報告している。生態系は,再生可能な太陽光エネルギーを駆動力とした光合成,食物連鎖,代謝・分解,による「ゆりかごからゆりかごへ」の完全なる物質循環システムである。循環型経済は,生物多様性と生態系に学ばねばならない。

下村 政嗣
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下村 政嗣

Biomimetics: New Paradigm in Anthropocene

Masatsugu SHIMOMURA

  • 1978年 九州大学工学部合成科学科卒業
    1980年 九州大学工学部 助手
    1985年 東京農工大学工学部 助教授
    1993年 北海道大学電子科学研究所 教授
    1999年~2007年 理化学研究所フロンティア研究センター時空間機能材料チームリーダー 兼任
    2007年 東北大学多元物質科学研究所 教授/原子分子材料高等研究機構 主任研究員
    2014年 千歳科学技術大学 教授
    2019年 公立千歳科学技術大学 特任教授

  • 北海道大学 名誉教授/東北大学 名誉教授/NPO法人バイオミメティクス推進協議会 理事長

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Online ISSN : 2435-2292

Print ISSN : 0375-9253

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