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2022 Vol.86 No.8 巻頭言

特集 走査電子顕微鏡によるリアルタイムステレオ観察

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巻頭言

化学工学における計測技術

 科学の歴史においては,①経験や実験(観測)手法,②実験(観測)データに基づく理論・法則の構築,③理論・法則に基づく解析が困難な対象に対する計算機シミュレーション(数値解析)の手法,が開発されてきた。近年更に,④実験(観測)や計算機シミュレーションから得られるデータ群を基にして,統計的推論モデルを用いた新たな手法が提唱され,人工知能(AI)や高速・大規模計算システムを活用して研究開発が急速に進展している。材料・化学分野においては,「マテリアルズインフォマティックス(MI)」及び,「マテリアルプロセスインフォマティックス(MPI)」として,材料開発・製造の実現が期待されている。MI,MPIでは,実験・理論・計算化学に加えて,新たに「データ科学」を融合することで,従来型の研究手法では到達が困難であった新たな法則の発見やそれらに基づく新規分子構造や機能材料を探索すると共に,それらの合成(製造)法や人体・環境へのリスク評価,材料劣化・寿命予測などについても,一体的且つ高効率に実現することを目指している。

 更に,MI,MPIによる先進材料・デバイス開発においては,物質(材料)の構造と物性(機能・活性)の相関モデルの構築が極めて重要となる。このため,①原子・分子レベルのミクロスケールからメソ・マクロを繋ぐマルチスケールに対応するマルチフィジックスな計算科学及び,②複数の先端計測・分析技術を融合するマルチモーダルなデータ収集システムの高度化が課題となっている。産業技術総合研究所(分析計測標準研究部門)においても,2021年より新たな中性子解析施設(AISTANS)を整備し,X線・電子線・陽電子線に中性子線を加えた量子ビームを複合的に活用した先端材料分析プラットフォームの構築を目指している。

 物質の構造と物性(機能・活性)の相関解明への新たなアプローチとして,オペランド計測・分析法の研究開発が精力的におこなわれている。オペランド(Operando)とは,ラテン語で“operating”や“working”を意味する言葉であり,測定対象が実環境中でその機能を発現している過程をミクロスケールで直接観測する技術について,特に「オペランド計測(分析)」と呼ばれている。(数学的な演算子を意味する英語のoperand(オペランド)と混同されることが多いので注意)触媒化学者であるBañaresらは,酸化バナジウムの触媒反応において,ラマン分光スペクトルとガスクロマトグラフの同時測定をおこなうことにより,化学種の“構造と機能(活性)”の関係解明に取り組み,2002年の米国化学会(ACS)において“spectra of an operando or a working catalyst”という用語を用いたことが起源と言われている。

 触媒反応前後における化学種の構造情報などを反応場から取り出してex situ計測・分析するだけでなく,実際の反応条件や環境の下in situにおいて,構造・状態などを観測することにより,反応場の温度,圧力,環境物質などが触媒作用に与える影響について多くの情報を得ることが可能となるが,Operando計測では,実際の反応条件や環境の下in situでの構造・エネルギー状態などの観測と同時に,反応活性など“機能性”の計測・評価をおこなうことで,化学種や反応場のミクロな構造・状態が活性などの機能発現とどのように関係しているのかについて,より詳細な理解を目指している。

 二次電池材料開発においても,電気化学反応計測と同時にシンクロトロン放射光などの高輝度X線を利用したX線分光計測や透過型電子顕微鏡(TEM)観察を組み合わせたOperando計測により,充放電動作中のLiイオン脱挿入や酸素発生反応などについて,原子・分子レベルでの機構解明が進んでいる。

 測定対象となる物理量(時間,空間,エネルギー,運動量等)を高分解能且つ高感度で測定することを目指す,いわゆる先端計測とは異なり,Operando計測・分析は,測定対象の物理量を必要十分な分解能で,且つ,測定対象に与える攪乱(disturbance)を必要最低限に低減させて測定することを目指しており,計測・分析技術と測定対象のbest matchingを主眼においたナノスケールの新たな計測・分析法と言える。産業技術総合研究所でも,2016年より,東京大学柏キャンパス内に先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリを設置し,放射光や超短パルスレーザー光などを用いたオペランド計測による材料・デバイス研究を推進している。

 産業分野においては,今後更に,DX(Digital Transformation)を指向したスマート工場やラボラトリDXへの進化が求められており,先進的な計測・分析機器に対しても,メーカーや装置型式を超えた標準Data Propertyの構築や収集データに基づく計測・分析・製造手順の自律的生成・自動実行などが重要課題となっている。現在,日本分析機器工業会(JAIMA)なども参画し,国際標準IEC62541(OPC-UA)をベースにした分析機器・アプリケーション連携の情報モデルとなるLaboratory and Analytical Device Standard(LADS)の整備などが進められている。

石井 順太郎
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石井 順太郎

Analytical Measurements in Chemical Engineering

Juntaro ISHII

  • 1991年 慶應義塾大学理工学部物理学科卒業
    1996年 慶應義塾大学大学院理工学研究科博士課程修了 博士(理学)
    同 年 通商産業省工業技術院計量研究所 入所
    2001年 (独)産業技術総合研究所 計測標準研究部門 主任研究員
    2002年 National Physical Laboratory(英国立物理学研究所)客員研究員
    2005年 同所 計測標準研究部門 放射温度標準研究室長
    2016年 同所 物理計測標準研究部門 副研究部門長,産総研・東大 先端オペランド計測技術OIL 副ラボ長
    2020年 (国研)産業技術総合研究所 分析計測標準研究部門 研究部門長
    現在に至る

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Online ISSN : 2435-2292

Print ISSN : 0375-9253

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