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2022 Vol.86 No.11 巻頭言

特集 粉体の構造制御による材料特性の向上と高機能化

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巻頭言

粉体工学見聞録-激動の半世紀-

 本号は「粉体の最新技術」特集号ということで,巻頭言のご依頼を受けたが,研究の最先端を離れて大分久しいので,これまで見聞してきた粉体工学の歩みを,私見ではあるが紹介して本論への橋渡しとしたい。

 粉体工学と最初に関わったのは1970年におこなった卒業研究であった。それから半世紀余り経つが,その間粉体工学は3度「黒船」に遭遇し,その都度粉体工学は大きく姿を変えてきたと思う。

 卒論に就いた1970年は,簡単な関数電卓が大卒初任給ぐらいの値段で売り出された頃である。その頃,粉体と言えば小麦粉,セメント,鉱石などが主で,乾式で数十μmより大きな粒子の集合体である粉を取り扱うことが粉体工学の主たる課題であると思われていたが,間もなくしてそのような粉体工学の範疇に入りきらない最初の「黒船」がやって来た。最初の「黒船」は大気汚染で,粉体工学の対象粒子を数μm以下まで一気に広げた。かつては繁栄の象徴であった煙突からの煙が規制の対象になった。粉体工学は,浮遊粉塵やエアロゾル粒子の捕集や計測等の技術開発をおこない,この社会的要請に応えてきた。

 次の「黒船」は,80年中頃に表れたファインセラミックス(FC)である。今のデジタル社会に必須の電子デバイスのパーツはほとんどFCである。FCは食器や花瓶と同じ焼き物であるが,両者には大きな違いがある。陶磁器の出発原料は可塑性(成型性)に優れた粘土であるが,FCの原料はAl2O3,BaTiO3,SiC等々の可塑性を持たない多種多様な人工鉱物からなり,従来の窯業技術だけではFCを造れない。そこで可塑性を持たない原料粒子から焼き物を作る技術が,粉体工学と化学工学的手法を駆使して新たに開発されてきた。原料粒子の組成と特性はFCの機能に決定的な影響を及ぼすため,粒子生成に関する研究が増えた。また,原料粒子が小さくなるほどFCの機能は高まるので,1μm以下の微粒子操作に関する研究も盛んになるなど粉体工学に大きな変化をもたらした。

 2度の「黒船」との遭遇によって,粉体工学が扱う粒子の大きさは70年代初頭の数十μmからおよそ30年の間に数十nmまで小さくなった。数十μmと数十nmの粒子挙動は全く異なるため,従来の乾いた粉の操作技術で数十nmの粒子を操作することはできず,新たな技術体系の確立が要求された。そのため,粒子の集合形態もいわゆる粉からエアロゾルやスラリーまで多様性を増し粉体工学がカバーする領域は一気に広がった。当時はそれと気付かなかったが,振り返って見れば,この30年間は粉体工学の大変革期であったと言える。

 3度目の「黒船」は,90年代半ば頃大学に導入された競争原理である。競争原理導入後,経常研究費は減らされ続け,大学人にとって最大の仕事は研究資金獲得となり,重要ではあるが競争力の乏しい(世間受けしない)単位操作のような研究テーマは絶滅が危惧されるほどに激減した1)。この大愚策は,その弊害が顕在化しているにもかかわらず,更に強化されようとしている。由々しきことである。

 粉体工学の大変革は,取り扱う粒子が小さくなってきたことによってもたらされた。現在はシングルnmの粒子も実用的に使われているようであるが,更に小さくなるだろうか。nmの下はÅで原子・分子の世界なので,取り扱う粒子は極限まで小さくなったと言える。粉体を「固体粒子の集合体」2)と定義すると,取り扱う粒子が極限まで小さくなった今は,技術的に小康状態にあると言える。大変革後,世間の関心の高まりに応じて2000年辺りから,粉体工学に関する本が数多く出版されてきた。それらの本を日本地図に例えるなら,日本列島を構成する四島の大きさ・形や配置が地図によって違っているほど個性に富んでいる。これらの本の執筆者は,いずれも大変革の一翼を担ってきた方々で,本の個性は執筆者の経歴に由来したものと思われる。啓蒙書や解説書であれば,それぞれの個性も情報として意味を持つと言えるが,教科書の場合は学習者,特に初学者に無用の混乱をもたらしはしないかと危惧される。大変革の成果を次世代に引き継いでいくためには,国土地理院の地図に相当する教科書を作ることが,喫緊の課題ではないかと考える。小康状態が続いている今が,その課題解決の好機ではないかと思い,粉体の定義の中にある「集合体」をキーワードにして,地図作りの準備を進めているところである。

椿 淳一郎
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椿 淳一郎

Powder Technology Memoirs-A Turbulent Half a Century

JunIchiro TSUBAKI

  • 1976年 名古屋大学大学院工学研究科博士課程化学工学専攻単位取得退学(工学博士)

  • 名古屋大学名誉教授,名古屋産業科学研究所 上席研究員,法政大学スラリー工学研究所 特任研究員,JHGS(株)こな椿ラボ 主宰

特集 粉体の構造制御による材料特性の向上と高機能化

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Online ISSN : 2435-2292

Print ISSN : 0375-9253

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