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本号の特集は,流体シミュレーションである。昨年の3号の特集の続編となっている。筆者は,1987年に大学助手に着任して以来,高分子レオロジーおよび高分子成形加工を中心とした流体シミュレーションの研究をおこなってきた。筆者が最初に取り組んだ流体シミュレーションの研究は,高分子液体の粘弾性流動である。粘弾性挙動が顕著に表れ,工業装置・プロセスに含まれる基本流動系である縮小流れや押出スウェルなどの系で,工業レベルのひずみ速度の解を得る計算手法の検討,種々のレオロジー現象の理論解明,検証実験による妥当性評価などをおこなってきた。それら基礎研究の工業への応用展開が高分子成形加工である。粘弾性現象が大きく表れる広義の意味での押出成形を中心に,成形プロセスの粘弾性現象解明と定量予測について研究を進めてきた。また,高分子ブレンド・コンポジットなど,異種高分子や高分子と充填剤・添加剤を混練するスクリュー押出機・連続混練機内の熱流動解析と混練評価を展開してきた。これらのテーマは実工業プロセスの予測を視野に入れた研究であるが,計算手法の限界に頭を悩ませてきた。その中で,2つの問題を例にこれまでの経緯と新しい展開への期待を述べてみたい。
1つ目の問題は粘弾性流動解析に用いる粘弾性モデルの予測限界である。従来提案されてきた粘弾性モデルは,せん断および各種の伸長様式の全てを定量予測するには限界があった。当然,モデルの精度以上のプロセス予測は不可能である。モデルの特徴を把握し,解析系に最適なモデルを選択することで定量予測をおこなってきた。高分子成形加工の分野で粘弾性流動が解析できるソフトウェアPOLYFLOWでは,上記の理由から多くの粘弾性モデルが搭載され,利用者がモデルに精通していないと,モデル選択や結果の解釈が困難であった。新規粘弾性モデルの研究は続いたが,工業プロセスで扱う材料では,高分子単体を使うことはなく,異種高分子,種々の形状の充填剤,粘度の大きく異なる添加剤などを含んでおり,これらの成分の挙動は相互に影響し合うため,現象は悲劇的に複雑である。
最近,多くの分野でDigital Transformation(DX)が注目されている。金型なしで成形品を造形するAdditive Manufacturing(AM)や,ノウハウや成形プロセスをセンシング・データ化するIoT技術,それらを人工知能(AI)を用いて形式知化する取組み,機械学習やMaterials/Process Informatics(MI/PI)など新しい潮流が生まれている。これらの手法を適用できれば,流体モデルを用いることなく,流動を伴う工業プロセスの解析が可能になり,更にリアルタイムのプロセスセンシング技術を併用できれば,そのデータをリアルタイム解析してプロセス制御へフィードバックできる。DXを利用した新たな展開は,これまでの数学モデルの限界を打破できる有用なツールとなるはずである。
もう1つの問題は境界条件である。何らかの微分方程式を解く連続体力学の数値解析では,初期条件・境界条件を与える必要がある。しかし,境界条件によって異なる現象が表れる場合,例えば押出成形でのシャークスキン(押出物表面が波状になる現象)は,スティック−スリップ境界条件を導入すれば解は得られるが,シャークスキンそのものの発生の予測はできない。また,連続体力学における数学的特異点問題は,応力(特異点で無限大となる)を変数とする粘弾性解析では解の発散に直結する。複雑な流路を持つ化学装置で特異点問題を処理するのは困難である。更に,高粘度の高分子溶融体の流動は大きな粘性発熱(数十〜百℃)を伴い,壁面温度はヒーターなどの設定温度と異なる。その影響を厳密に考慮しようとすると,装置本体の伝熱解析と連成させる必要がある。また,複合系高分子材料において,成分材料全てを考慮したマイクロ・ナノオーダーの多成分・不均質材料の厳密解析は,複雑な流路形状を持つ装置では,連続体力学的手法では不可能である。
2000年前後から,異なる空間スケール・時間スケールでなされる解析(例えば,分子動力学,粗視化分子動力学,ミクロスケールの動力学,連続体力学など)をプラットフォーム化し,それらを繋ぐマルチスケール解析の構築が研究されてきた。これらの解析が可能になれば,前述の境界条件の問題が解決できると共に,プロセスと材料のミクロ構造の関係が得られることになり,目的の相構造を持つ材料・製品を得るための製造プロセス・装置の設計が可能になる。これらの解析は比較的単純と考えられる系に対しても定量予測は容易ではない。しかし,前述のDXの活用などによって,従来困難であった問題も,将来的には解析可能になるものと予想される。
本特集には更に多くの化学プロセスへの挑戦が掲載されている。これらの確立は,流体シミュレーションに立ちはだかってきた種々の問題を解決し,モノづくりを質的に大きく変える技術となり得るものと期待する。
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