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仮想計測技術(ソフトセンサー)は,研究の段階を越えて現在は広い分野で実用の段階に入っている。ソフトセンサーのポテンシャルと今後の応用展開の方向性などに触れてみたい。
製品製造に当たってはそれぞれの製品特性に合わせた品質管理が求められる。そのためには最終製品のみならず,製造途中のプロセスに対してもリアルタイム監視とその情報に基づく制御が必須となる。従来からこのニーズに対するソフトセンサーが果たす役割への期待は大きかった。しかしながら,ソフトセンサーの効果的な活用に当たって必ず直面するデータ収集,異常値除去・変数選択などのデータの前処理,そのデータを用いたソフトセンサーモデルの構築,解析,そして運用までの各ステップで生じる諸問題と課題に対する確実で体系的な対処法,つまり標準仕様が必ずしも確立されていないという現実があった。こうした来るべきソフトセンサー活用時代を先導するために,日本学術振興会プロセスシステム工学(PSE)143委員会では,2010年5月にワークショップNo.29「ソフトセンサー」(代表幹事:船津公人)を立ち上げ,2年間に亘り実際の化学プラントデータを教材としながら,ソフトセンサー構築と運用に当たっての基礎技術の習得および課題の確認をおこなった。更にソフトセンサーを現実の武器とするために,本特集の2つ目の記事でも触れられているように,2016年10月にワークショップNo.32「ソフトセンサー実装」(代表幹事:船津公人)を設置し,対象とするプロセスのための予測精度の高いソフトセンサーを迅速に構築するツールおよびソフトセンサーの現場実装・運用ツールをほぼ開発し,2020年3月に成功裏に終了した。その成果は,当時のPSE143委員会メンバーに配布された。また,継続的なメンテナンスと普及の土台の維持を目的に,本ワークショップメンバーであった富士電機(株)によってその活用サービスが開始され,製品としての提供に向けた準備も進んでいる。
今やソフトセンサーはプロセスのリアルタイム監視と制御を実現する必須のツールとして認識され,大小化学製品製造プロセス,半導体製造プロセス,製剤連続生産プロセスなどの生産プロセス,そして燃焼装置,熱交換器の内部状況把握などでも実装が進んでいる。加えて,本特集の中でも紹介されているように,利用されるプロセス変数も温度,圧力,流量といった旧来のハードセンサーによる計測だけではなく,計測目的対象物を直接捉える近赤外スペクトル(NIR:Near-Infrared Spectroscopy)などのスペクトルデータも積極的に活用され,その実装の広がりを見せている。今後はフローリアクターにおいてもスペクトル監視による主・副生成物のリアルタイム監視とプロセス制御にソフトセンサーが当たり前のように活用される日はそこまで来ていると言える。ただ,大切なことは不必要に高価なスペクトル装置をソフトセンサー入力情報源とするのでは普及は図れない。現在それを意図して安価で小型のスペクトル計測装置が提供され始めている。
また,これまでソフトセンサーと言えば,推定対象である目的変数(y)と計測が容易な説明変数(x)の両方を準備し,両者の間に定量モデルを構築して初めて利用できると考えられてきた。しかしながら,Calibration-freeのソフトセンサーも実用化に近づいている。計測対象プロセスに含まれる純物質のNIRと,運転中の計測対象プロセスから得られる混合物のNIRスペクトルとの間にLambert-Beer則を適用することでリアルタイムに混合比率を推定する手法(Iterative Optimization Technology)によって簡便なプロセス監視も可能となってきている。
プロセスインフォマティクスをキーワードに様々な取り組みが始まっている。この本質は「今を知る」ことであり,将来を予測することである。この意味でソフトセンサーはプロセスインフォマティクスと対に語られるべきキーワードである。この先,監視対象プロセスの特徴に合わせて,これまでの概念を超えた新しいソフトセンサーが考案されていくだろう。ソフトセンサーはリアルタイム監視として用いられることがほとんどであるが,最近はプロセス状態の少し先の予測にも応用され始めている。化学プラントの監視と制御はもちろん,ベイズ最適化による高収率で副生成物の出ない反応条件の自動最適化にも,目的物を安定的に生産するフローリアクターの設計開発と自動運転にもソフトセンサー利用は必須である。様々な製品の連続製造を目的とした大きな装置から小さな装置まで当たり前のようにソフトセンサーが実装されるのも間近である。
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