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振り返ると,化学工学の誕生は,20世紀初頭,大量のガソリンの需要に対し石油精製の大型連続精製設備が求められたところに端を発する。多くの反応,分離プロセスを連動させ,全体システムを最適とするためのプラントの設計がおこなわれてきた。その中で,新しい技術が次々に発明されてきた。その後,排ガスや排水などに起因する環境問題を発生させた時期にも,全体を俯瞰的に見る化学工学の手法で解決してきた。化学工学は,必要な製品性能・安全性・経済性を意識しながら化学プロセス全体を設計し,原料から製品に至る物質とエネルギーの流れの収支関係を明らかにし,装置やプロセスを設計するという考え方ができる学問だと思う。この間,「解が得られない時,システムバウンダリを広げて考える。」という化学工学ならではのアプローチが醸成されてきた。
温室効果ガスの排出量を2050年までに実質ゼロにすることを目指して,世界中で,技術,政策,地域連携など多角的な取り組みが加速されている。しかし,既存の技術と新規技術を組み合わせて未来社会をフォアキャストすることで,2050年カーボンニュートラル,その先のカーボンネガティブは果たして達成できるのであろうか。カーボンニュートラルは産業や社会の構造を変えるような大きな話である。そのため,産業,社会をシステムとして捉え,システム全体での物質とエネルギーのバランスを考慮した上で,あるべき姿を描き,その実現のために必要な新技術を開発し,社会実装することが重要である。例えば,化学製品においては,エネルギー供給,原料調達,製造,利用,廃棄,リサイクルの中での二酸化炭素排出量を最小とすべく,システムの最適化と新規プロセスの開発をおこなう必要がある。その際に,様々なカーボンニュートラル施策におけるベネフィットとリスクのバランス,安全,法律・制度,経済,雇用,社会受容性までを総合的に考え,未来社会における多面的な価値基準を考慮する必要がある。まさに化学工学の特徴そのものである。
既に国内産業は効率化という視点からは,各産業,各社事業所内のプロセスの最適化は極限まで達している。むしろ,高度成長期以来の技術革新の成果として,工場全体内でいくつものプロセスを融合させ,熱や物質,エネルギーの授受を連動させ,全体システムの最適化が研ぎ澄まされ,且つ,製品の高性能化との両立がバランスされているのが日本の産業の特徴とも言える。今後,地域内複数社のプロセスを融合させれば,より最適な解を求めることが可能となる。更に,化学産業のみならず地域内の異分野産業とのプロセス融合,加えて地域コミュニティ(市民生活)との融合から新しいシナリオを構築することが可能になる。まさにシステムバウンダリを広げるという考え方である。
カーボンニュートラルを達成するためのシナリオにおいて,エネルギーについては再生可能エネルギーの最大活用と同時に化石燃料からの脱却を進めることが必須である。その結果,化石資源の採掘が無くなることになり,これは我々の個人生活だけでなく社会生活の基盤となっている化学品の化石資源由来の原料(ナフサ)供給が急速に減少することを意味する。すなわち,ナフサに変わるカーボンニュートラルな炭素源・水素源が必要となる。炭素源候補としては,セメント製造などから排出される物質としての二酸化炭素,使用済み樹脂製品や食品等の廃棄物,木質バイオマスの3種類となる。森林国日本では,木質バイオマスとして1億トン−C/年のストックフローが可能であり,この国内資源を利活用できれば,カーボンニュートラル達成という課題克服は,同時に,炭素源を輸入に頼らない自律した産業へと生まれ変わる好機となる。
当然ながら,地域・規模・時間軸を考慮したシナリオ構築が必要となる。地域産業・地域コミュニティ連携によるカーボンニュートラル社会の全体像を把握して,解決の鍵を見出す,化学工学の方法論をそのまま適用できるチャンスである。また,産学官連携の新しい形を示すことにもなるであろう。
化学工学に携わる私達,そして,化学工学会という組織が,時代の先頭に立ち,基盤強化と地域協調の仕組みを構築し,知のプロフェッショナルとして総合力を発揮し,英知集結の場をファシリテートする役割を果たしていこうではないか。
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