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「塗って」「乾かす」この一見単純な手法が,人間の生活やこれまでの産業の発展にどれほど大きな影響を与え,貢献してきたであろうか。また,本技術を基礎とした製品およびサービスは産業界で非常に優れたビジネスモデルだと言えるのではないだろうか。本技術に関連する「表面を操る」技術は,企業の視点から見ると「厚み極薄」「材料費極小」「最大のコストパフォーマンス」を目指したものとなる。更に企業では,オポチュニティに言及しなければ,社内プレゼンは成立しない。その点「表面」のオポチュニティは地球上に無限にあると言っても過言ではない。数字の遊びで恐縮だが,地球の表面積に平米単価1ドルを掛け合わせると,世界のGDPの数倍に匹敵する。企業にとってはバリュープロポジション(企業が提供できる価値)を明確にする必要はあるものの,本技術は今後も社会の発展に呼応して貢献し続けていくことは間違いないであろう。
本号で各執筆者の方々によって特集される塗布技術・乾燥技術において,レオロジーやシミュレーションは,より複雑で微細な系について大学において活発におこなわれ,企業ニーズを取り込みながら実用面での応用が期待されている。企業においては気候変動に伴うカーボンニュートラルの大きな目標に向かって,エネルギー源としての電池産業は非常に大きなオポチュニティとなっている。全固体電池への期待なども合わせて,塗布技術の存在は欠かせない。また脱溶剤の動向を見据えながら,溶剤系はホットメルト系や水系など環境負荷の少ないプロセスへの転換が望まれている。とは言っても,圧倒的に設計自由度の高い溶剤系の用途を全ての性能を維持しつつホットメルト系や水系に置き換えるのは簡単ではないであろう。今後はある程度の生活の不便さを許容かつ工夫しつつ,目の前の大きな「不都合な」環境問題を回避していく必要があるのではないだろうか。
塗布流動のシミュレーションに関しては1980年代から活発におこなわれ近年のコンピュータ性能の莫大な飛躍によって,短時間で複雑な解を容易に導き出せるようになった。塗布・乾燥シミュレーションの当初は磁気記録媒体などの高速・大量生産などで一課題を解決することで大きな成果・利益を生み出したと考えられる。今後は機能に特化した細かい要求に迅速に対応し,AIを活用することで予想されなかった機能付与や生産性向上に寄与していくのではないかと考えている。
また技術要素として忘れてはならないのは,本技術の上流および下流の技術である。調液・混合・送液・脱泡・濾過・支持体搬送・積層・巻き取りなどなど本技術とは切り離せない重要な要素が多岐に亘って存在する。また製品に更に付加価値を生む工程として,プラズマ処理,コロナ処理,スパッタ・薄膜技術,紫外線・電子線硬化技術,微細表面加工技術などなど多くの技術が併用されている。企業においては,各要素を個別に深く掘り下げるだけでは製品開発はできない。それゆえこの広範な技術を横断的に把握し,マネージできる人財も必要である。分かりやすい例がフィルム欠陥・塗布欠陥の原因解明であろう。横断的・広範な知識と解析で,予想もしなかった工程が原因だったというようなことがしばしば散見される。
前述のように,本技術はフィルムなどシンプルな表面にいかに付加価値をつけていくかというものなので,その周辺技術も応用しやすく,非常に多彩な用途・価値が生まれてくるのも不思議ではない。筆者にとっても展開が非常に楽しみな技術分野である。
今後も持続可能な社会を目指して多くの課題が待ち構えているが,そんな時だからこそ個々の企業での利益の最大化ではなく,日本全体で協力し合ってどう課題解決していくかが問われるのではないだろうか。外資系企業に身をおいてきた筆者にとって,日本企業の塗布技術のレベルの高さと日本の大学での乾燥技術や材料を絡めた基礎研究には特筆すべきものがある。社員のスキルの高さを維持・向上し,ある程度ハイリスクハイリターンな技術開発も取り込み,スピード重視の決定によってより大きな社会貢献ができると考えている。この挑戦を達成するために本技術に携わる方々や化学工学会,材料・界面部会,塗布技術研究会の果たす役割は非常に大きい。これまでも種々の会合や斬新な企画を通じて最新技術情報の共有,社会的ニーズの把握などの理解を深めてきたことに敬意を表したい。これは一朝一夕になせる業ではなく,数十年の間価値を醸成してきた結果にあると思っている。何が公知で,何が協業できて,何を自社内でやるかをより明確に分析し,スピード感のある決断をしていくことで,世界をリードする技術の発信が可能になると考えている。
最後に本技術に携わる方々や化学工学会,材料・界面部会,塗布技術研究会のこれまでのご尽力にあらためて深く敬意を表したい。
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