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私が会長を務めた2020年度は社会全体が新型コロナウイルスと戦った一年だった。化学工学会でも何か貢献できないか,すぐにでも特集を組めないかという議論が2020年4月頃にあったが,今般新型コロナウイルスを冷静に分析できるようになったこのタイミングで「ウイルス感染予防に役立つ化学工学」というテーマで特集が組まれたことは時宜にかない意義あるものと考える。
2020年3月の第85年会開催は中止とせざるを得ず,さらに緊急事態宣言が発せられて社会活動が厳しく制限される中,大学での教育,研究は大きな制約を受け,産業界でも社内外の会議は厳しく制限され,リモートワーク,Web会議が大幅に取り入れられた。学会本部,部会,支部では理事会を含むすべての会議がWeb開催となり,人材育成研修プログラムもWeb開催に移行した。9月の秋季大会に向け化学工学会として独自のオンライン学会・講演会システム(GOING VIRTUAL)を全速力で開発し,秋季大会を無事開催することができた。このGOING VIRTUALシステムはその後部会,支部,研修センター等で活用され,さらには化学工学会が協賛する他の学会のイベントでも活用され,本年3月末までに化学工学会関連で12件,他学会関連で3件という活用の実績になっている。
関西で初の開催となった2020年7月のプラントショー大阪は,感染拡大が懸念される中で危機管理の基本に則り,感染リスクを徹底的に洗い出し,対応策を綿密に立案,遂行する実行体制を取り,無事開催することができた。運営を担当した日本能率協会,主催した化学工学会,そして出展された各社,来場された参加者の全員が同じ緊張感を共有し開催に取り組み,参加したことがこの成果に繋がったと考える。このプラントショー大阪での危機管理・リスク管理の取り組みは,その後日本能率協会が開催,運営する各種展示会のひな型となり,現在まで展示会では一切クラスターが発生していないと聞いている。本年11月に予定されているINCHEM2021でもリスク管理を徹底して,実りあるプラントショーが開催されることを期待する。
さて我々はこの一年で,感染症をもたらすウイルスとはそもそも何なのかを知る機会を持った。感染予防ではアルコールや次亜塩素酸ナトリウムによる消毒,マスク,フィルター及び多くの医療機器が必須となり,これを提供する化学産業がエッセンシャルな事業として認識された。感染を防止する為にライフスタイルやワークスタイルを見直さざるを得なくなった。科学的な目で事態,リスクを把握し,科学的,工学的に適切な対策を取ることが求められた。この一年で多くの知恵も蓄積された。世界を見ると政治体制や主義の違いはあれど,感染症を抑え込んでいる国では,平時から危機に備える体制,心構えができているようだ。また,防災同様感染対策においても地域の共同体(コミュニティ)で支え合う文化が有効に機能しているようだ。社会全体の共感,共同が大切だということだろう。蛇足になるが,共感は社会でイノベーションを推進する際にも大切になる。リモートワークやWebは新たな仕掛けによって人との繋がりを広げる手段になり,多様なライフスタイルにも資するが,社会課題に取り組みイノベーションを興すには時には相手の表情,熱量を感じ,真に意識を共有するすなわち共感が大切で,そういうリアルの場も大切にしたハイブリッドなアプローチを工夫して行く必要があると感じる。
私たちは地球環境破壊による生態系の変化の中で未知のウイルスとの接触機会,すなわちリスクが増えているという現実も知らされた。もう一つの危機である地球温暖化(気象の非常事態)にも思いが到り,化学工学が真剣にこれに立ち向かう必要性を痛感する。昨年5月号の巻頭言で会長就任にあたっての思いを「化学工学で新しい社会づくりを」というテーマで述べさせて頂いた。この一年でその思いはさらに強くなったが,その道のりは容易ではない。自然科学,社会科学,人間の知恵,社会の知恵を総動員して我々が直面しているウイルス感染や地球環境問題の危機に対処して行かねばならない。化学工学はその主役の一人であることは間違いない。
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