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2021 Vol.85 No.2 巻頭言

特集 血中循環腫瘍細胞のシングルセル分離技術

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巻頭言

医療と工学

 巻頭言を書かせて頂くという,身に余る光栄なお話を頂いた。と同時に,そんな歳になったのかと思う。確かに今年定年なので,むべなるかな,ではある。
 さて,巻頭言は本来特集のテーマに則して書くべきであると承知しているが,僭越ながら少し大上段に構えて,「医療と工学」という切り口で,40年近く,付かず離れずこの分野で仕事をしてきた経験に基づき,拙い提言をさせて頂きたい。
 私は,学生時代,人工腎臓の研究開発に従事していた関係で,多くの先達の方々が「医工連携」の重要性を唱えておられること,そして,その促進のための一つの布石として大学に医工学講座を設立することに尽力しておられるのを見聞きした。その後,この分野における米国の大学の状況を調べる機会があったが,例えば,Harvard Medical Schoolの外科の教授職にChemical Engineerが在籍していることを知るなど,米国の先進性に大いに驚いた。一方,我が国であるが,医工学講座が設けられたり,医工連携を謳う学科が設置されたりしたが,叱責,ご批判を覚悟で書いてしまうと,あまり上手く行っていない。
 現在筆者は,環境を高度に制御しつつヒト細胞を培養することにより,よりin vivo(生体内の状態)に近い機能を発現させ,それによって医薬品候補化合物等化学物質の人体への影響を評価する技術(Microphysiological System(MPS)と呼ばれている)の開発に注力している。MPSの実用化を巡って世界中がしのぎを削っているが,この分野においても,日本と欧米諸国との医薬品メーカーのスタンスに大きな差異を痛感している。MPSの実用化では,biologyの仮説を工学技術でどうやって実現するか,が最重要課題である。筆者は,国内外のこの分野における研究開発動向を調査しているが,欧米ではMPSの様な創薬支援技術の開発に初期段階から関与しているメガファーマがいくつもあるのに対し,我が国では「でき上がった技術を使う」というのが基本姿勢である。
 少し話は変わるが,筆者が使った最初の研究ノート(大学4年生での卒業研究配属直後)の裏表紙に,「理学はやりたいことをやる学問,工学はやらねばならないことをやる学問」と書いてある。自分で考えたのか,どなたかからの教えかは,今となって分からないが,この考え方に基づくと,工学の研究開発者は出口から帰納的に考えて研究開発テーマに至り,研究開発を開始するべきであろう。些末な矜持として書かせて頂くと,筆者はこれまで工学屋としてこの考え方は守ってきたつもりでいる。医療の話に戻るが,臨床医は,理屈はともかく,目の前の患者を救いたい,苦痛を和らげたい,と考えている。したがって,医療に研究開発テーマを求めるならば,ことさら「出口から帰納的に考える」という点に留意すべきである。
 では,何故こういった国内外での差異が生じたのか? 上述の米国の大学を調査した際,教育内容を,特にChemical EngineeringやBiomedical Engineeringなどをキーワードに調査したが,大学と大学院の位置付け,専門分野(major とminor)の考え方が我が国とは根本的に異なっていることに驚いた。1990年代前半のことなので,その後,日米双方,随分と変わってきていると思うが,筆者にはこの違いがかなり影響していると思えてならない。
 以上は,主にアカデミアを意識した医療分野の研究開発における問題点であるが,製品化・産業化の観点からは,別の問題がある。医療分野でイメージされる製品はどうしても医薬品のブロックバスター(年間10億ドル以上売り上げる製品)となるが,医薬品を含め,医療分野の製品は通常は超多品種少量,すなわち小商いである。米国ではM&Aが一般的であるので,「アカデミア」→「スピンアウトベンチャー」→「大手ヘルスケア企業にM&A」というルートが確立されている。我が国では,アカデミアでいくら出口を意識して研究開発しても,製品として軌道に乗せる道筋が無い。
 19世紀は化学の時代,20世紀は物理の時代,そして21世紀はバイオ(生命科学)の時代だそうである。水平線の向こうに未知の大陸があることを夢見て船出するのはいつの時代も変わらないが,工学屋が医療分野に漕ぎ出す際には,大航海時代ではないのだから,興味と熱意を源泉とするのではなく,実用化を具体的に意識した研究開発テーマの設定が必須である。

金森 敏幸
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金森 敏幸

Medical Care and Engineering

Toshiyuki KANAMORI(正会員)

  • 1985年3月 早稲田大学大学院理工学研究科博士課程前期応用化学専攻修了
    1985年4月 三菱レイヨン(株)豊橋事業所勤務
    1990年2月 早稲田大学理工学総合研究センター客員研究員
    1994年3月 博士(工学)号受領
    1995年4月 通商産業省工業技術院物質工学工業技術研究所(主任研究官) その後,改組を経て,
    2002年3月 (独)産業技術総合研究所物質プロセス研究部門機能集積材料グループ長 その後,同バイオニクス研究センター,幹細胞工学研究センター,創薬基盤研究部門の研究グループ長を経て,2020年4月より細胞分子工学研究部門上席主任研究員

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Online ISSN : 2435-2292

Print ISSN : 0375-9253

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