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2022 Vol.86 No.1 巻頭言

特集 次世代産業を切り拓く,大学発ベンチャーの可能性

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巻頭言

大学発ベンチャーへの期待

 皆様におかれましては健やかな新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
 早いもので,新型コロナ感染症(以後コロナ)の拡大から2年が経過しようとしています。ここまで,コロナの影響が長期に及ぶということはあまり予想しなかったと思います。コロナの影響で,私達の日常生活も大きく変化し,否が応でもオンラインへの切り替えが進みました。半ば強制的に進んだIT革命が,教育現場に今世紀最大の変革をもたらしました。おそらくコロナが収束しても,完全に元の世界には戻らないのではないでしょうか。
 振り返って考えても,コロナ収束の最大の切り札は,ワクチン接種にあったように思えます。今回のワクチンの最大の特徴は,従来型の不活化ワクチンと異なり,世界初のmRNAワクチンが主流となった点です。今回のmRNAを主体としたワクチン開発には,ドイツのビオンテック社と米国のモデルナ社が重要な役割を果たしました。この2社は,いずれもベンチャー企業です。これまでmRNAは,体内に入るとすぐに異物と認識され炎症反応が起こることが知られていました。このmRNAのウリジンをシュードウリジンに変換することで,体内でのmRNAの発現効率が飛躍的に向上し,実用化にこぎ着けました。この研究を主導したのがハンガリー出身の女性生化学者カタリン・カリコ博士です。このような大発見の裏には,決まって語り継がれるエピソードが存在しますが,この技術は,カリコ博士がペンシルベニア大学の研究員だった頃,コピーを取ろうとした際に出くわしたワクチン学者のワイスマン教授との立ち話から生まれたと伝えられています。ただ,2005年に発表されたこの論文も,当初はあまり注目されていませんでした。そこに目をつけたのが,上記ドイツのビオンテック社と米国ボストンのハーバード系のベンチャー企業モデルナ社でした。mRNAの開発がこれだけ短期間に進んだのは,研究開発に莫大な資金が投入されたためであり,ビオンテック社には世界最大手の製薬企業ファイザーが,モデルナ社には防衛費や厚労省系の多額の政府予算がつぎ込まれたと言われています。
 この2社は,今や世界で最も成長したベンチャー企業として有名になりましたが,ここまでの道のりは決して平坦ではなかったことが知られています。今回振り返って,ベンチャー成功の鍵はどこにあったのかを考えてみますと,優れた技術はもちろんですが,その他に1)目利き力,2)開発のタイミングと3)集中した資金力が重要だったことが窺えます。カリコ博士とワイスマン教授は昨年9月にノーベル賞の登竜門と言われるラスカー賞を受賞し,昨年度ノーベル医学・生理学賞の最有力候補と目されていましたが,惜しくも受賞とはなりませんでした。とは言え,ワクチン分野のゲームチェンジャーとなったmRNAワクチン技術は,世界を救ったと言っても過言ではありません。
 さて,このような状況下,日本のベンチャー企業の現状はどうでしょうか? 米国・中国・欧州に比べると経済力対比ではまだ少ないですが,日本でも近年は大学発ベンチャーが急速に拡大しています。昨年5月,経産省から発表された統計データでは,2020年度末で存在が確認された大学発ベンチャーの総数は2,905社に及んでいます。ただ欧米と決定的に違う点は,日本は社長の年齢が高い点が挙げられます。このことは,欧米においては,大学に在学中あるいは卒業したての若い研究者が,会社を立ち上げる一方で,日本では,一旦就職した企業経験者が中途でベンチャーを立ち上げる事例が多いのが実情です。私の周りでも,大学を卒業と同時にベンチャー企業に就職あるいは自ら起業する学生はほとんどいません。このことは,日本においてベンチャー企業が魅力ある地位を築いていないことを意味しています。日経ビジネスの2020年のデータによりますと,ベンチャー企業の5年後の生存率は15%,10年後は6.3%そして20年後はわずか0.3%です。このような状況では,安定志向の強い日本人はどうしてもベンチャー企業への就職に二の足を踏んでしまいます。今後,日本にベンチャー企業とりわけ大学発のベンチャー企業を根付かせるためには,できるだけ多くの成功事例を生み出すことが重要と考えられます。
 将来,子供達の夢が,YouTuberから起業家に変わることを期待したいと思います。

後藤 雅宏
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後藤 雅宏

Expectations for University-Launched Ventures

Masahiro GOTO(正会員)

  • 1984年 九州大学工学部合成化学科卒業
    1989年 九州大学大学院工学研究科合成化学専攻博士課程修了
    1989年 日本学術振興会 特別研究員(PD)
    1990年 九州大学工学部合成化学科 助教授
    1994年~1995年 米国MIT化学工学科 訪問研究員
    2001年 九州大学大学院工学研究院応用化学部門 教授
    2004年 SOファーマ 社外取締役
    2012年 九州大学 主幹教授

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Online ISSN : 2435-2292

Print ISSN : 0375-9253

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