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2022 Vol.86 No.2 巻頭言

特集 サーキュラーエコノミーからの新国富の上昇:人工資本・人的資本・自然資本

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巻頭言

サーキュラーエコノミー(CE)と化学工学への期待

 EU/Ellen-MacArthur財団(EMF)発「サーキュラーエコノミー(CE)」が「新しいパラダイム」として注目を浴びている1)。CEの考え方は古くからある。戦後に限れば,経済学者Bouldingが1966年に提唱した「宇宙船地球号」が起源とされる2)。無限のフロンティアを前提した直線型(大量生産・大量消費・大量廃棄)「カウボーイ経済」から,有限性を認識し,今あるストックを大事に使う「循環型宇宙船経済」に移行する必要性が説かれている。実際,CEは「製品・素材価値の最大限保全」を基本理念として挙げ,その実現手段として,長寿命化・再利用・修理・素材機能を保全するリサイクルなどを通じた「なるべく元の製品に近いループ」での循環を目指すとしている。
 大量生産は環境問題の元凶としてよく批判される。しかし,これが一般大衆による(それまで一部支配層に限定された)消費を可能とし,雇用・所得創出効果と相まって諸国民の生活水準を向上させたのも事実である。CEの下で(車や家電の)新たな生産が減れば,当然,それに関わる雇用は減少する。EMFが主張するように,修理・メンテナンスがこれを補って余りある雇用を生むのか,不明である。
 「循環」は聞こえの良い言葉である。一方,既に充実したストックを持つはずの「先進国」においても「経済成長」は譲れない政策課題である。実際,EUではCEを新たな成長戦略として位置付け,関連する国際標準の作成にも早くから取り組んでいる(ISOTC323)。成長する経済は追加的ストックを必要とする限り,「循環型」にならない。最も循環利用されていない資源がエネルギー資源である。太陽光発電や風力発電も実装には大量の銅や希少金属が必要である。金属ですら,逸失・混合による喪失は必然だから,仮に(暗黒の)ゼロ成長停滞経済であっても,永久機関なみの循環経済は原理的に成立できない。一種の比喩(metaphor)としてCEを理解するのが現実的である。
 雇用への効果が不明なことは上で述べたが,CEが持続可能な発展目標(SDGs)に資するかも自明ではない。「狭いループ」ほど「良い」ならば,廃プラスチックのリサイクルは「マテリアルリサイクル」が最も「良く」,高炉還元利用やアンモニア製造は,「良くない」ことになる。しかし,現実には,前者の歩留まりが後者に比べて低い,次のサイクルをどうするか,という問題がある。シェア経済が環境負荷を下げるのかも先験的には分からない。本来,「良いか悪いか」(環境負荷の高低)の判断は定性的理念ではなく,「ライフサイクルアセスメント(LCA)」を始めとした科学的定量的評価に基づくべきである。このことから,LCA学術関係者の中からCEをdogma(教義)・イデオロギーとする批判すら出ている(Prof. Roland Clift, Univ. of Surrey)。
 翻って日本の資源循環状況はどうだろうか? かつて存在した優れた循環システムの劣化・制度疲労が散見される。例えば,使用済み鉛バッテリーの国外流出がある。世界に先駆けて施行された家電リサイクル法だが,対象製品を狭く限定したため,EUのWEEE(電気電子機器廃棄物)指令に比べて柔軟性・拡張性に欠け,ビジネスモデルとして輸出できない。そもそも,日本には欧米企業に匹敵する競争力を持つ廃棄物処理企業が無い。欧米主要企業の売り上げ額が年間1兆円前後なのに対し,日本は最大でも800億円前後に過ぎない。この理由として東北大 中村崇教授の指摘するのが,日本固有の一般廃棄物と産業廃棄物の制度的峻別である。素材横断的なシステムが作れないから,廃棄物処理・リサイクル産業の規模は大きくなれない。これは製品の全ライフサイクルを通じた資源保全システム技術とその規格化が,CEの下で競争力の重要な源泉とならんとする中で,大いに危惧される点である。日本の廃棄物制度も「パラダイム変位」が必要だろう。
 LCAは化学工学(特にプロセスシステム工学)の背景を持つ人たちによって開発・推進されてきた経緯を持つ。資源循環の大きな障壁が混合による二次資源の品質劣化である。この分野では,近年,センサー技術に基づく著しい進展がある。こうした技術開発を統合し,如何にSDGs実現に資するシステムを構築していくべきか? 今後の大きな課題である。教条的CEではなく科学的CEの推進母体としての化学工学会の貢献を大きく期待する。

中村 愼一郎
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中村 愼一郎

Circular Economy and Expectations for Chemical Engineering

Shinichiro NAKAMURA

  • 1974年 慶應義塾大学経済学部卒業 1983年 Dr. rer. pol. ボン大学(ドイツ) 1985年 早稲田大学講師 1988~1990年 トロント大学訪問准教授 1992年~ 早稲田大学教授,現在に至る 2005~2012年 名古屋大学 客員教授

  • 早稲田大学政治経済学術院 教授(産業エコロジー)

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Online ISSN : 2435-2292

Print ISSN : 0375-9253

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