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2022 Vol.86 No.6 巻頭言

特集 わが国の化学分野における腐食コスト調査から見える現状と今後の課題

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巻頭言

化学プラントの長寿命化へ向けた装置材料からのアプローチ

 日本の化学プラントは,主にバブル期に建設,設置されてきたものが多い。現在では,これらの装置は当初の設計寿命,すなわち更新時期を過ぎてしまったものも多く,高経年状態となってきている。化学プラントでは,高温,高圧,そして腐食性薬液環境に晒されるため,使用環境は一般的なインフラ以上に過酷である。この問題に対して,多大な維持管理の努力によりこれら装置の延命化が進められており,それと共にプロセス流体の漏洩を含めた事故やトラブルのリスクが高まりつつある。もちろん,安全安心な操業をおこなうためには劣化損傷が顕在化する前に,部品・材料の迅速な更新が望まれるが,コスト的にも,また環境,資源,エネルギー問題の観点からも,これらをスクラップアンドビルドによって更新していくことが難しい状況にある。

 先にも述べたように,化学プラントでは装置材料に対して温度や応力以外にも,様々な薬液を使う関係上腐食性を伴う場合があり,化学的な作用による劣化が大きな問題となる。そこで,化学プラントで用いる化学装置の長寿命化は,腐食を中心とした劣化に対する対策を如何に効率的且つ安全に進めるかにかかっている。

 大規模な腐食コスト調査は,日本防錆技術協会と腐食防食学会が約20年毎におこなっており,2015年の調査結果が報告されている。腐食コストはGNI値(国民総所得:Gross National Income)に相関していて,長年の研究,経験を通じても「腐食問題は解決している」とは言えず,まだまだ新たな問題が起きている。従って,腐食劣化に対する研究によって精度の高い機構解明と,保全技術者への普及が必要となっている。特に化学分野では高経年化により腐食速度の低いCUI問題(保温材下腐食:Corrosion Under Insulation)が顕在化してきているのが特徴であろう。

 以前より,新しいプラント建設がないことによる若手の経験不足や,保全の分野におけるベテラン人材が退任していく中で暗黙知の伝承が進まないことが問題となっていた。こういった問題に対して,劣化事象やその対策をデータベース化してシステムに組み込む努力が多方面でなされるものの,腐食を含む劣化事例は企業内で秘匿され公表されないために,データ数が限られており,また企業間の共通化に繋がらない面があった。それでも“リスク”を定量指標としてメンテナンスあるいは検査の効率化が模索されてきた。これに対して,昨今のDX(Digital Transformation)あるいはAI(Artificial Intelligence)化の動きの中で,化学プラントの維持管理にも新たな動きが始まっている。

 例えばAIによる画像の判断精度が飛躍的に高まっている。化学工場の検査は今まで検査員の目視による確認が主体でおこなわれてきているため,画像の判断精度が向上してきたことにより,この分野でのAIの利用,活用が注目されることへ直結し,力強いツールになりつつあると期待されている。現場の検査員でおこなっている際には人によって同じ判断が難しいような微妙な色変化や変状なども,AIにとってはむしろ得意とするところになっていく可能性がありそうだ。既にツールとして確立しつつある手法も出てきているものの,まだまだサポートとしての立場でしかなく,次のステップに進むには更なる信頼性の確立がカギとなる。

 目視検査以外の機器を用いた高精度の検査手法も,様々な先進技術が提案されるようになり,その幅が広がりつつある。このため,どんな検査手段を選択するかは,コストも含め今後重要な検討要素になってくる。この点でもDXによる合理的な判断を取り入れていくようになれば,より高い信頼性が確保されることになる。

 最近では,ドローンを用いた検査があらゆるところで使われ始めており,化学プラントの分野においても,当初の高所で足場を組むことが困難なところや,人が近づきにくい場所だけでなく,ドローンを飛ばすことが難しいとされていた槽内や配管内等の検査でも活躍を始めているようだ。足場を組んで検査員が昇ることで,現場を直接見たり,触ったりして取ってくる情報は,ドローンでおこなう以上のものがあり,単純に置き換えられるものではないが,短期間,低コスト,そして低リスクで検査できる点はとても高いメリットがある。ドローンに搭載できる機器の開発が進み,更にはドローンの操縦技術についても進歩していく今後は,1次的な検査だけでなく,修繕や応急処置にも使えるようになっていくことも期待される。

 検査技術の進歩と共に,材料そのものに自己診断や自己修復機能を搭載する,いわゆるSM(Smart Materials)やIM(Intelligent Material)等といった研究が進められてきたが,いよいよこれらも実際の機器へ適用が進みつつある。有機系のライニング材やFRPは,様々なものを内包することが容易であり,センサー素子および光ファイバーのような情報を伝達するものを埋め込むことで,自己診断機能の付与が可能となるうえ,同様に修復機能も修復剤を内部に仕込むことにより,スクラッチが起きてもこれが放出されて修復するような仕掛けが様々と試みられている。ある意味,究極の無人化になるかもしれないこの技術は,今後様々な材料への適用が検討され,化学装置の保全にも一役買えるようになってくるかもしれない。

久保内 昌敏
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久保内 昌敏

Approach from Equipment Materials to Extend the Life of Chemical Plants

Masatoshi KUBOUCHI(正会員)

  • 1984年 東京工業大学工学部化学工学科卒業
    1986年 東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了
    1986年 東京工業大学工学部 助手
    1996年 東京工業大学工学部 助教授
    2009年 東京工業大学大学院理工学研究科 教授
    2016年 改組により同大学物質理工学院 教授
    現在に至る

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Online ISSN : 2435-2292

Print ISSN : 0375-9253

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