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本特集号の発刊に際して化工誌編集委員会から,クロマトグラフィー科学会会長としての巻頭言寄稿のご依頼を頂戴した。最初にクロマトグラフィー科学会について簡単に紹介させて頂きたい。クロマトグラフィー科学会は1989年に創設された比較的新しい学会で,会員数も400名程度ではあるものの,クロマトグラフィーおよびその関連技術に特化した学会としては,国内最大の学会である。おおよそ会員の半数が,大学薬学部・薬学系の研究所および製薬会社の研究者であり,このことからも,いかに薬学・製薬分野においてクロマトグラフィーが重要な分離分析技術として利用されているかが分かる。本学会はこれまで,年2回の学術集会の開催,英文論文誌の刊行,海外の関連学会との連携等も含めて,クロマトグラフィーに関する基礎技術の研究から応用・実用化までの幅広い課題解決に向けて精力的に活動してきている。
クロマトグラフィーの歴史を顧みると,その原理に関する論文が最初に発表されてから約120年という比較的新しい分離分析技術ではあるものの,その応用はとても広範に及んでいる。現在では,企業における生産・研究活動のみならず,我々の日常生活の維持にも欠くことのできない分離技術であると言っても過言ではないだろう。クロマトグラフィーと呼ばれる分離手法として読者の多くの方が最初に学習したのは,ペーパークロマトグラフィーだったのではないかと思う。同法は最も手軽に実験できて,かつその経過や結果が特別な装置が無くとも目視により確認できることから,広く取り入れられたのだろう。しかし,その分離機構を学術的に説明するとなると,結構複雑なパラメーターを考慮しなければならない。実際に,ガラス板等の表面に薄い固定相の層を塗布した薄層クロマトグラフィーは,ペーパークロマトグラフィーと操作が類似した手法であるが,分離目的に適合した固定相微粒子が使用されている。クロマトグラフィーでは,この固定相の化学構造,あるいは固定相粒子の形状等が,それぞれの分離対象試料,つまり複数の化合物から構成される混合物の効率的分離に向けてデザインされている。カラムと呼ばれる細管にオクタデシルシリカ(ODS)等の化学結合型固定相を充填し,有機溶媒等の液体を移動相として送液する液体クロマトグラフィーがその典型的な例である。
各種のクロマトグラフィー分離手法,ならびにそれらの分離原理・装置,応用例等については,本特集号においてそれぞれの分野のエキスパートにより説明されると思われるので,ここでは割愛するが,いずれの手法も,この固定相の研究開発がクロマトグラフィー分離においては最も重要な検討課題である。固定相の開発・販売をしている企業のみならず,大学や研究機関においても,保持挙動・分離挙動の研究,更にはそれらの系統的解析に基づいた固定相デザイン改良へのフィードバックがおこなわれ,次々と新規固定相が開発されてきている。この分野において,国際的に見ても日本の研究・開発レベルはとても高く,また,小規模の固定相専業企業から大手化成品メーカーの一部門に至るまで,多くの企業や研究部門が参画し,日本で開発された高性能固定相は世界中で使用されている。実際に,国内よりも米国での販売額の方がはるかに多い固定相メーカーも存在するほどである。新規固定相の開発ならびに実用化では,クロマトグラフィーの研究分野は,この固定相開発,分離装置開発,更には,これらの関連技術である試料前処理法等の開発も含めて,分離科学(Separation Science)と呼ばれており,関連する学術論文誌も多く,当然,論文数もとても多い分野である。研究室・実験室で実行される混合物の成分を分析するための分離はAnalytical Separationと呼ばれ,上述の通り研究報告例も多いが,実際にこの分離をもっと大きなスケールである分取分離,すなわちPreparative Separationに移行するのは,実はそれほど容易ではない。
受託分離と呼ばれる業務が,最近,特に盛況であると聞いている。実験室のスケールでは,分離された化合物の単体を分取したとしても,極少量であり,一定量の商品として販売できる程の量を確保できないことから,分取分離スケールでの分離・精製を専門に受託するのが,その専門業者の主な業務である。つまり,委託する側から見れば,自社で分離のスケールアップに伴う種々の課題解決を検討するよりも,このスケールアップのノウハウを持った外部の専門業者に委託する方が,精製度や再現性のみならず,コスト的にも有利であるとの判断をしているのであろう。化学工学における分離技術の分野は,我々のような大学における分析スケールのクロマトグラフィー分離とは全く規模が異なり,また前述の通り,大規模な分離へのスケールアップには相当な技術革新が一層必要であるが,本特集号が読者の皆様の今後の研究活動に少しでもお役に立てるならば,クロマトグラフィーの研究を継続して来た1人として幸いである。
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