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本稿を執筆している時点(9月半ば)では,新型コロナウィルス(COVID-19)の世界の感染者が3千万人に達する勢いであり,死者も100万人に近づいている状態にあった(WHO,https://covid19.who.int/)。このため,社会活動が全世界的に制約を受け,結果として世界の年間CO2排出が前年比で4~7%減少するという試算が出されるに至った(国連,https://news.un.org/en/story/2020/09/1071982)。しかし,それ以前のCO2排出増加傾向から比べれば,この減少は限定的なものと考えられる。IEAのデータ(https://www.iea.org/)では世界の年間CO2排出量は1990年を基点とすると2018年には1.6倍となっており,最近ではやや増加速度が落ちたものの,排出速度の減少には至っていない。興味深いのは,GDPあたりCO2排出は1990年でおよそ0.57 kg-CO2/2015USDであったものが2018年ではおよそ0.41にまで減少しており,経済活動の拡大がGDPあたりCO2排出の低減をはるかに上回っていることである。一方,世界の人口当たりの排出で見ると,約3.9 t/人(1990年)から約4.4 t/人(2018年)と1割程度しか増加していない。人口の増加がこの期間で約1.4倍であることから(国連Population Division,https://population.un.org/wpp/),人口当たり排出が1割程度の増加であっても影響が大きかったと思われる。
このような背景の中で,CO2排出を低減させるには多大な努力を必要とすることは論を俟たない。私が大学の1年次学生を主な対象とする講義で化学工学という学問分野を説明する中で,平衡論と速度論の意味の説明として,前者を「どこまで達成できるか」,後者を「いつまでに達成できるか」として説明している。速度論の解説の中では律速過程の考え方を説明し,資源の存在からその採掘・輸送,製品への転換,購入(消費),最終的な廃棄までの各ステップで,いたるところに資源量や技術の有無だけでなく,経済・金融・コスト,法律・社会制度,あるいは人々の心理(抵抗感等)までを含む「律速」が存在しうることを説明している。律速過程から考えるに,現在の社会が以前と違うところは,最終的な廃棄段階である大気へのCO2排出に対する制約が資源利用や社会の在り方といった上流過程の変革を迫るという,「廃棄律速」の段階に到達したという点である。これは,日本においては既にいくつかの自治体で見られているように,一般廃棄物の最終処分(焼却灰の埋め立て)の容量が,廃棄物の中間処理(焼却)プロセスの選択に大きな影響を与え,さらに過去の埋め立て廃棄物を掘り起こして高温で溶融し減容する場合まであることと同様である。加えて,速度について考えることとして,普及の時間も必要である。特にCO2排出に大きな影響を与えているエネルギー技術では,巨大な量を安定して供給することを要求されているので,技術要素(シーズ)の提案から実用化・事業化に至るまでの開発の時間に加えて,技術の大規模な普及の時間が必要になる。
本号においては,パリ協定に基づき2030年度に2013年度比で国内温室効果ガス排出量を26%削減し,さらに「地球温暖化対策計画」の2050年に温室効果ガスの80%排出削減を達成するという日本の目標に鑑み,社会全体のあるべき姿を論ずる企画が立てられている。本号の特集においては,化学工学的な視点に立って,どこまで達成できるかという目標の議論に加えて,いつまでに達成できるかの速度論的な視点,さらにはその速度を決定づける律速機構の解明とその解決に向けた方向性について議論を深めるきっかけとなることを期待したい。
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