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2021 Vol.85 No.12 巻頭言

特集 浅海生態系を介した炭素フロー

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巻頭言

カーボンニュートラルへの貢献を目指すブルーカーボンの役割とその課題

 2009年に国連の環境計画部門(UNEP)を筆頭著者として作成された「ブルーカーボン・レポート」が世に出てから10年余りが経過した。顕花植物であるアマモなどの海草藻場やマングローブ林,塩性湿地が構成する沿岸域生態系の地球表層での炭素貯留に果たす役割を評価し,同時にこれらの生態系が人為活動により大きく減少していることを示したこのレポートは,地球温暖化の進行を実感し始めた世界の人々に大きなインパクトを与えた。これまで陸域と海洋との境界を占める海草やマングローブ林などの浅海域生態系は,魚の産卵・稚魚の成育場としての生物資源や海岸域での防災などの生態系サービスで評価されてきた。一方,このレポートでは地球表層の炭素循環の視点から海草藻場などの持つ生態系サービスに炭素貯留による地球温暖化抑制という新たな役割を与えた。
 地球温暖化を抑制するために締結された国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)では,国単位で温室効果ガスインベントリの提出が義務付けられている。これには化石燃料を使うエネルギー部門のように温室効果ガスの排出量の報告と共に,管理されている森林のように二酸化炭素を吸収する部門での吸収量の報告もおこなっている。2006年に出された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が主導する温室効果ガスの収支に関するインベントリ作成のガイドラインでは,浅海域の植生についての記載は無かった。しかし,UNEPレポートを受けて2013年にガイドラインが改訂され,湿地の中に沿岸湿地が項目として入り,国として沿岸湿地の範囲を決めれば温室効果ガス収支のインベントリにその収支を含めることが可能になった。これは人間活動による海草藻場等の拡大に対する新たなインセンティブであり,2020年から農林水産省はブルーカーボンに関する新たな研究プロジェクトを始め,インベントリへの登録を可能にする手法の開発を目指している。
 また,世界全体で見ると,塩性湿地や海草藻場を合わせた一次生産量は1.0×1015 gC/年であるが,海藻藻場はその倍以上の2.2×1015 gC/年(約80億ton-CO2/年相当)の生産量があると言われる。さらにわが国は世界有数の海藻利用国でその養殖等の技術開発は進んでおり,この海藻養殖を大規模におこなうことで大気中の二酸化炭素の低減に寄与することが可能である。UNEPなどの国際機関の支援で活動している科学者の集まりである「海洋環境保護の科学的側面に関する専門家会合(GESAMP)」は「海洋において提案されている地球工学的技術のレビュー」を2019年に出しているが,この中で沿岸域での海藻の大規模養殖も地球温暖化対策への取り組みの1つとしている。このレビューでは,コンブなどの海藻は海草のような堆積物とのリンクが乏しいためブルーカーボンの従来のスキームで評価することは難しい。しかし,大規模で養殖された海藻生産物をバイオマス燃料等に変換することで各国でのカーボンニュートラルの目標に貢献することができると評価している。
 このように考えると亜寒帯から亜熱帯に広がる広大な海岸線を持っているわが国は,その沿岸域を使って海草藻場の拡大や海藻の大規模養殖場の設置,生産物のバイオ燃料化などの研究・技術開発を総合的に加速する必要がある。海草藻場に関しては,炭素貯留と言う視点を含めた多面的な生態系サービスを総合的に評価することで,水産従事者だけでなく幅広いステークホルダーを積極的な海草藻場の維持・拡大の支持者にすることが望まれる。既にある海草藻場がさらに拡大するような環境整備やその炭素貯留をより加速するような技術開発も必要と考えられる。
 また,洋上での大規模な海藻養殖に関しては,岸に近い海域での大規模な養殖場の確保や,規模が拡大している養殖漁業との連携や,今後拡大すると思われる洋上風力発電とのリンクなども進めることのメリットは大きい。また,大規模海藻養殖での大きな課題は生産した海藻をバイオマス燃料等に変換するプロセスであり,現在は海藻から併せて高付加価値生産物を作ることで,全体のコスト低減を図る研究開発もおこなわれている。高機能食品などの生産とは異なり,海藻からのバイオ燃料は陸での生物を原料とするバイオ燃料や化石燃料との価格競争があり,産業的に成立する生産コストには上限がある。さらに,コスト削減と同時に,バイオマス燃料を中心とした生産過程でのエネルギー消費も低減して,カーボンニュートラルへの寄与率を上げなくてはならない。現在ではこのような海藻からの大規模バイオ燃料の生産には越えなくてはならない壁がいくつもあるように思われる。しかし,山地が多く陸域利用が限られるわが国において沿岸域の有効利用は極めて重要な課題であり,多重的な技術開発によってこれらの壁を突破し世界に先駆けて海藻等を使ったカーボンニュートラルへの貢献を実現することが強く期待される。

小池 勲夫
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小池 勲夫

Roles and Challenges of Blue Carbon in Contributing to Carbon Neutrality

Isao KOIKE

  • 1975年 東京大学大学院理学系研究科植物学博士課程修了
    1976年 東京大学海洋研究所海洋生化学部門 助手
    1988年 東京大学海洋研究所海洋生化学部門 教授
    2007年 琉球大学監事
    2011年 JST/CREST研究総括を経て,現在に至る。
    2007年から東京大学名誉教授

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Online ISSN : 2435-2292

Print ISSN : 0375-9253

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